日本語に活きる中国故事

ボルトン、米国の対中政策に「臍を噛む」思い

中國故事

【日本語に生きる中国故事成語】ボルトン、米国の対中政策に「臍を噛む」思い

「香港では民主主義の運動が鎮圧され、南シナ海では中国の拡張政策が継続され、貿易戦争やテクノロジー戦争も勃発した。新興のライバル国に毅然と立ち向かえない米国の姿を見るたびにボルトンは臍(ほぞ)を噛む思いをしてきたという。」

これは、「『習近平はトランプの再選を恐れていない』超タカ派のジョン・ボルトン、米中対立を語る」(COURRiER Japon、2020.9.3)と題する記事の一節である。

トランプ政権発足時に国家安全保障問題担当大統領補佐官に任命されたボルトンは、その後2019年9月に、「トランプ政権の優柔不断な外交政策を批判」して、政権を離れた。上の記事によると、ボルトンのトランプへの主な批判は、「中国政府を第一の敵とするまでに時間をかけ過ぎたことだ。トランプがお人好しだったせいで、習近平がやりたい放題できた」ということのようだ。

ボルトンが具体的に何を語ったかは、同記事をご覧いただくとして、「臍を噛む」とは、「すでにどうにもならなくなったことを悔やむ」ということで、その語源は次の通り。

中国の春秋時代、楚の文王(生年不詳~紀元前675年)が鄧の国に立ち寄った際、王の祁侯(きこう)は、甥にあたる文王を引き留めてもてなした。すると、祁侯に使える三人の甥が祁侯に次のように進言した。

「鄧の国を滅ぼすのは、必ずやこの人(文王)です。もし早くに手を打っておかなければ、後になって主君は臍を噛むことになるでしょう。手を下すなら今です。」

ところが、祁侯はその進言を受け入れず、鄧の国は果たして、文王に滅ぼされることとなった。(春秋左氏伝・荘公)

「臍」とはへそのことで、自分でへそを噛もうとしても口がとどかないように、悔いても最早及ばないことの譬えに使われているのだが、祁侯はさぞかし「臍を噛んだ」ことであろう。

(瀬戸 2022/1/2執筆)

-日本語に活きる中国故事
-,

© 2022 希望之聲 日本