中国故事に学ぶ人の道

litairyo

諫言憚らず、報恩忘れず

唐代の貞観(ていかん)年間、李大亮は凉州の都督(古代の軍事長官)の官職に就いていたことがある。朝廷から来た使者は彼が飼っているすばらしい鷹を見て、太宗皇帝に献上するよう進言した。彼は皇帝に密かに上奏した。「陛下は狩猟を断たれて久しいのに、使者が鷹を献上するよう求めました。これが陛下の真意であるならば、陛下はご自身の本意に背くことになります。もし使者の考えであるならば、人選が適切でなかったことになります。」太宗皇帝はそれを読むと、「このような臣下がいる限り、余に何の心配があろうか?」と呟いた。

王羲之教子:七缸水-1

七つの水がめの水

王献之の書道の芸風は、父親の王羲之と同じく中国の歴史において名声を博している。しかし、それは彼自身の骨身を惜しまない練習以外に、父親の指導の賜物でもあった。

滴水之恩涌泉相报

水一滴の恩に湧泉で報いる

 古人曰く、「一滴の水の恩に涌き出る泉のような大きさで報いる」。本当の君子とはこのような人で、少しばかりの恩に、自ら命を捧げて報いようとした。

王安石下棋识人

王安石は囲碁で人を識る

北宋時代の優れた臣下である王安石は余暇に囲碁を打つのが好きで、宰相の時には家に幾人かの棋士を抱えていた。王安石は毎日の忙しい公務を終えた後、家に帰り度々これらの棋士と碁を打ち、誰かが彼に勝てば、銀十両を褒美として与えた。

仲由は米を背負う

仲由は米を背負う

仲由は春秋時代の魯国の人物で、字(あざな)は子路(しろ)、孔子の生徒で「孝子」としても有名です。小さい頃から家が貧しかったため、仲由はとてもつつましく暮らし、いつも野草を食べていました。

西瓜

西瓜畑に灌水

これは楚国と梁国の国境に位置する、2つの県の物語である。春秋時代に宋就(そうしゅう)という梁国のある県の長官がいた。当時、両国間の出入りは禁じられていた。そこで、それぞれに見張り所を設置し、境界線を挟み、互いにスイカ畑を作った。

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