日本語に活きる中国故事

日本的な「以心伝心」は通用しない

中國故事

【日本語に生きる中国故事】日本的な「以心伝心」は通用しない

「アメリカ人には通じない“トヨタ生産方式”-『日本的なあうんの呼吸や以心伝心というのは、アメリカ人には通用しません』~トヨタ自動車株式会社 常務役員 吉貴 寛良さん」(jin-Jour、2011.7.15)

トヨタ自動車(株)のアメリカにおける生産事業体であるTMMに人事コーディネーターとして出向した吉貴さんの仕事は、「現地のアメリカ人のラインマネジメントについてアドバイスしながら、人事制度や教育制度を作り、それを根づかせる」ことだったが、「日本的なあうんの呼吸や以心伝心というのは、アメリカ人には通用しない」ことに気が付き、トヨタ生産方式をアメリカに移植するために、日本では“暗黙知”だったものを“形式知”化することに努めたという。

「以心伝心」とは、文字やことばを介さずに、心から心へ直接伝えることで、次の故事に由来すると言われる。

昔、達磨大師が初めてこの地にやってきた。人々はこれを信じなかったため、この衣を信体となして、代々伝えてきた。法は【心を以って心を伝え】、皆自ら悟り、自らわからせなさい。(六祖壇経)

この故事は、禅宗の第六祖慧能(えのう、638~713)の遺録である『六祖壇経』に収められたもので、五祖の弘忍が慧能に後事を託した時に告げたことばだと言われる。この中の【 】の部分の原文が「以心傳心」で、ここから「以心伝心」ということばが日本語に伝わり定着したと考えられる。

ただし、禅宗でいうところの「以心伝心」は、「自らの心で以って自らの心に伝える」、つまり「自ら悟り、自ら理解する」ことであって、現在日本語でいうところの、他の人との間で心から心に伝わるということではない。

冒頭の例が日本風の「以心伝心」であり、次の例もまた然り。

私たちは七時の汽車に乗った。汽車に乗る前に、北さんは五所川原の中畑さんに電報を打った。 

七ジタツ」キタ

 それだけでもう中畑さんには、なんの事やら、ちゃんとわかるのだそうである。以心伝心というやつだそうである。(太宰治「帰去来」)

(瀬戸 2022/1/14執筆)

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