日本語に活きる中国故事

断腸の思い

中國故事

 

今私たちが話している日本語の語彙や言い回しの中には、中国の故事を起源とするものがたくさんあります。このコーナーでは、それらをわかりやすくご紹介します。ここに掲載する文章は主に、2009~2013年の間に書いたもので、当時の社会情勢に絡めて執筆しています。執筆年月日は各記事末に記載していますので、タイムスリップしてお読みいただけたら幸いです。

 

 「博多・天神落語まつり」に出演中だった三遊亭楽太郎さんは、圓楽師匠の訃報に接し、楽屋で「只々(ただただ)悲しい」「弟子として断腸の思い」というコメントを書きあげたといいます。10月30日のことです。

 私と同世代の日本人にとっては、三遊亭圓楽、イコール「笑点」の司会でしょう。1966年にスタートし、今も続く長寿番組の司会の中でもひと際生彩を放っていたのが、23年の長きにわたって司会を務めた圓楽です。その圓楽が病に倒れ一線を退いて以来、「圓楽一門会」を支え、今年3月には6代目「圓楽」襲名が決まっている楽太郎にとっては、師匠の死は正に「断腸の思い」だったのでしょう。

 「断腸の思い」とは、中国宋の時代に編纂された『世説新語』に由来します。

 東晋の武将、桓温(かんおん)が蜀の地に攻め入り、三峡(長江の上流の渓谷)にやってきたとき、従者が子猿を捕まえました。子供を捕まえられた母猿は、岸沿いに哀しげに泣き叫びながら、百里あまりもついてきました。そしてついに、船に飛び移ったのですが、その途端、息絶えて死んでしまいました。

 その母猿のお腹を割いて見ると、腸(はらわた)がずたずたにちぎれていました。桓温は、これを聞くと怒って、子猿を捕らえた従者を罷免しました。

(『世説新語』黜免より)

 「撮影の日を心待ちにしておりましたが、断腸の思いであります」

 ドクターストップがかかり、出演予定だったTBS系連続ドラマ「JIN-仁-」の新門辰五郎役を降板することが決まった藤田まことのコメントです。76歳とは思えぬ若々しさながらも、齢には勝てないようです。

(瀬戸 2010/01/02執筆)

 

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