日本語に活きる中国故事

給付金詐欺の「杜撰(ずさん)」な手口

中國故事

【日本語に活きる中国故事】給付金詐欺の「杜撰(ずさん)」な手口

相次ぐ「持続化給付金詐欺」の摘発、大学生や若者に目立つ杜撰な手口(DIAMOND online、2021.3.16)

新型コロナウイルス感染拡大の影響で経営が苦しくなった中小企業や個人事業主を救済するために支給される「持続化給付金」をだまし取る詐欺が相次いで摘発されているが、その多くは大学生や若者で、彼らの手口はすぐにばれる「杜撰」なものだという。深く考えず出来心で手を染めた若者も多いようだが、発覚すれば「人生が詰んでしまう」悪質な犯罪だと警告している。

「杜撰」ということばは、次の故事に由来すると言われる。

宋の杜黙(ともく)が詩を作ると、その多くは型から外れていた。そこから、物事が規則に合わないことを「杜撰」というようになった。(野客叢書)

一説には、「道蔵」五千余巻のうち、『道徳経』の二巻以外は、唐末の道士、杜光庭の撰で、偽りが多かったことから、詩文などで典拠が正確でなく間違いの多いことを「杜撰」というようになったとも言われる。

いずれの説であれ、「撰」とは詩文を作ったり編纂することで、「杜黙の撰」「杜光庭の撰」から「杜撰」ということばが生まれたということである。

それが、日本語では後に、冒頭の例のように、詩文に限らず、いい加減なさまを表すのにも使われるようになったものと考えられる。

次例の「杜撰」から、その変遷の過程を読み取ることができよう。

故に其飜訳でも著作でも、一字一語皆出処があって、決して【杜撰】なものでは無かった。彼の「維氏美学」の如き、「理学沿革史」の如き飜訳でも、少しも直訳の臭味と硬澁の処とを存しない。文章流暢、意義明瞭で殆ど唐宋の古文を読むが如き思いがある。(幸徳秋水『文士としての兆民先生』)

(瀬戸 2022/2/21執筆)

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