日本語に活きる中国故事

コロナ禍の中、観光業界の「暗中模索」

中國故事

今私たちが話している日本語の語彙や言い回しの中には、中国の故事を起源とするものがたくさんあります。このコーナーでは、それらをわかりやすくご紹介します。ここに掲載する文章は主に、2009~2013年の間に書いたもので、当時の社会情勢に絡めて執筆しています。執筆年月日は各記事末に記載していますので、タイムスリップしてお読みいただけたら幸いです。

 

コロナ禍の中、観光業界の「暗中模索」

「観光業界の暗中模索 訪日外国人、コロナで99%減」(中日新聞、2020.9.29

少なくとも戦後では人類が経験したことのない新型コロナウイルスのパンデミックによって、日本経済も大きな打撃を受けた。中でも観光業界、とりわけ外国人観光客を相手にしている業界に対する打撃は計り知れないものがある。そんな中、各企業やホテル、商店は、照準を日本人客に合わせたり、異業種に進出したりと、生き残りをかけて「暗中模索」が続いている。

「暗中模索」ということばは、次の故事に由来すると言われる。

唐の太宗の時の政治家で文学者でもあった許敬宗(きょけいそう)は、物忘れがひどく、人に会ってもその名前を忘れてしまうことが多かった。そこである人が、「あなたは随分と忘れっぽいが、何晏(かあん)、劉楨(りゅうてい)、沈約(しんやく)、謝霊運(しゃれいうん)といった有名な詩人や文人に会う時のように、敬意を払って気を付ければ、【暗闇の中で手探りで物を探す】ような場面であったとしても、それを見分けられるだろう」と言って、傲慢な許敬宗をたしなめたという。(隋唐嘉話)

この故事の【暗闇の中で手探りで物を探す】の原文がずばり「暗中摸索」である。「摸」とは手で触ることで、中国語では現代でも「摸索」の字が使われるが、日本語では、「摸」が常用外のため一般には「模索」で代用される。

この熟語は早くから日本語にも定着していたようで、松尾芭蕉の『奥の細道』(16931694)の次の例はよく知られるところである。

雨朦朧として鳥海の山かくる。闇中に莫作して「雨も又奇也」とせば、雨後の晴色又頼母敷(たのもしき)と、蜑(あま)の苫屋(とまや)に膝をいれて、雨の晴を待。(象潟[きさがた]より)

(奥の細道には当て字が多く、「闇中に莫作して」も「暗中に模索して」と読むのがふさわしいと考えられる。)

(瀬戸 2022/1/2執筆)

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