日本語に活きる中国故事

「正々堂々」、中国共産党と渡り合った男

中國故事

【日本語に生きる中国故事】「正々堂々」、中国共産党と渡り合った男

「正々堂々、中国共産党と渡り合った男」

これは、河崎眞澄著『李登輝秘録』(産経新聞出版、2020年7月)の表紙の一文。本書は、産経新聞社の台北支局長と上海支局長を計14年務めたことのある河崎氏が、李登輝氏への長時間にわたるインタビューに加え、幅広い人々の声を聞き、文献を集めて分析した連載記事を書籍にまとめたもので、李登輝氏が「『李登輝秘録』出版に寄せて」の中で次のような賛辞を寄せている。「日本の新聞記者が冷徹な目で、李登輝という人間を通じて台湾がたどった民主化への苦難の道を、ここまで明確に綴った記事は例がない。」

一読をお勧めする。

「正々堂々」ということばは、日本で「孫氏の兵法」として知られる『孫氏』(紀元前500年ごろ)の第七章「軍争篇」の次の一文に由来すると言われる。

「無邀正正之旗、勿擊堂堂之陳。」

(正々の旗を邀[むか]うること無かれ、堂々の陣を撃つこと勿かれ。)

「正々の旗」とは旗を整えて進撃してくる敵のことで、「堂々の陣」(陣と陳は同義)とは堂々とした勢いのある敵陣のこと。そのような敵を迎え撃ったり攻撃してはならないと言っているのである。

ここから、軍隊などで陣容が整って意気盛んなさまを「正々堂々」というようになった。日本語の次の例がそうである。

・武田氏の兵は【正々堂々】以て敵に向ひ、而して奇兵一隊急に其間に突出す。(田口卯吉・日本開化小史、1877~1882年)

それが次第に、軍隊などの陣容に限らず、態度や手段が立派で公明正大であることの形容に使われるようになったと考えられる。冒頭の例と次例がそうである。

・国民学校にかよつてゐるほどの子供ならば、すぐに不審を抱くであらう事は勿論、よしんば狸が、不埒な婆汁などを試みたとしても、なぜ【正々堂々】と名乗りを挙げて彼に膺懲の一太刀を加へなかつたか。兎が非力であるから、などはこの場合、弁解にならない。仇討ちは須く【正々堂々】たるべきである。神は正義に味方する。(太宰治・お伽草紙、1945年)

(瀬戸 2022/1/23執筆)

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