日本語に活きる中国故事

中国離反の「先鞭を付けた」リトアニア

中國故事

【日本語に生きる中国故事成語】中国離反の「先鞭を付けた」リトアニア

『日本開国の道標―開国へ先鞭をつけた渡辺崋山と高野長英』(元就出版社)

これは、岡田幸夫氏の著書のタイトルだが、「開国へ先鞭をつけた」とはどういうことか。1639年に始まった江戸幕府の鎖国は、1854年の日米和親条約締結によって終結し、日本は再び開国となるわけだが、蘭学者の高野長英(18041850)と画家でありながら蘭学者と親交のあった渡辺崋山(17931841)がそれよりも早くに開国の必要性を唱え、それが1854年の開国につながったということである。

詳細は同書に譲るとして、「先鞭をつける」とは、他の人よりも先に物事に着手するということで、次の故事が語源だと言われる。

晋の時代に劉琨(271318年)という人物がいた。詩人であり、各地で武功をあげた武将でもあった彼には、祖逖(そてき)という若い時からの親友でよきライバルがいた。劉琨は、ある時、祖逖が東晋に重用されていると聞き及ぶと、別の友人に次のように書き送って、悔しさを訴えたという。

「私は戈(ほこ)を枕にして朝を待つように、謀反の者を討伐しようと志しているが、いつも祖逖が【私より先に馬に鞭打って】戦いに出かけ、功名を立てるのではないかと心配していた。」(晋書・劉琨伝)

この故事の【私より先に馬に鞭打って】の原文が、「先吾著鞭」で、ここから「先鞭を著(つ)ける」ということばが生まれたとされる。

最近のニュース記事から、「先鞭をつける」の例をもう一つ。

「西欧・北欧諸国における中国離反や台湾傾斜の先鞭を付けたリトアニアは、中国からの激烈な反発を経ながらも、11月中旬、『駐リトアニア台湾代表処』の設置に踏み切った。」(THE SANKEI NEWS 正論2021/12/20より)

リトアニアがまずは、台湾代表処の設置によって西欧・北欧諸国における中国離反・台湾傾斜の先駆けとなったということであり、案の定、11月下旬には、リトアニアにラトビアとエストニアを加えたバルト三国の議員団が訪台し、台湾の蔡英文総統と会談したという。

(瀬戸 2022/1/1執筆)

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