日本語に活きる中国故事

「口は災いの元」 失言にはご注意を

中國故事

【日本語に生きる中国故事】「口は災いの元」 失言にはご注意を

パワハラ、セクハラ、モラハラ、アカハラ……。一昔前には黙認されていた(表面化しなかった)ことが、ハラスメントと認定され、その言動を行った者が何らかの処罰を受けるケースが著しく増えた。

国会議員のいわゆる「失言」は日常茶飯事のことであるが、その中には、女性蔑視のハラスメントも少なくない。

2020東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の会長であった森喜朗元首相が日本オリンピック委員会の会合で、「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と発言。それが女性蔑視だとして非難の声が上がり、会長辞任に追い込まれたのは、記憶に新しいところである。正に、「口は災いの元」である。

このことばの出典は古来さまざまあるが、古いところでは、西晋の傅玄(ふげん、217~278)が口を慎むよう戒めた「口銘」という短文の中で次のように述べている。

「感情に迷わされるな、口数が多いのも慎め。~【病は口から入り、禍は口から出る】」

【 】の部分の原文が「病從口入,禍從口出」で、「口は禍(わざわい)の元」の原型と考えられる。

そして、時代が下って、五代十国時代の馮道(ふうどう、882~954)作「舌詩」に、「口は災いの元」への進化形が見られる。

口是禍之門(口は禍いを招く門であり、)

舌是斬身刀(舌は自分の身を斬る刀である)

閉口深蔵舌(口を閉ざして舌を奥深くに隠しておけば、)

安身処処牢(どこにいても身はしっかりと保たれる)

これが元になって日本語に「口は禍(わざわい)の門」として伝えられ、それが「口は災いの元」に変化したものと考えられる。

最後に、「半七捕物帳」で有名な岡本綺堂(1872~1939)の手になる歌舞伎の脚本「平家蟹」から、「口は禍の門」の一節を挙げておく。

<おしお> やれ、やれ、飛んでもないことになりましたのう。お詫びの種にもなろうかと、那須の殿様のことをうかうか申上げたら、却って御腹立ちは募るばかり。【口はわざわいの門(かど)】ということを今知って、悔んでもあとの祭じゃ。玉琴さま、料簡してくださりませ。

<玉琴> いえ、いえ、詫びるには及びませぬ。遅かれ速かれ知ること……。

平家没落の後、官女であった玉蟲と玉琴が壇ノ浦で寂れた暮らしをしていた。玉蟲はいまだ源氏を激しく呪っていたが、妹の玉琴は、生きるために身を売り、それで知り合った男と恋仲になった。その男とは、平家残党追討の命を受けた那須与一の弟。侍女のおしおが玉蟲の前でうっかりそれを漏らしたものだから、玉蟲は激しく怒って、縁を切ると言い出した。その後のやり取りである。

(瀬戸 2022/1/16執筆)

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