日本語に活きる中国故事

若手研究者を育てる「白眉」プロジェクト

中國故事

【日本語に生きる中国故事】若手研究者を育てる「白眉」プロジェクト

京都大学に「白眉センター」なるものがあり、そこが運営している事業が「白眉プロジェクト」。HPの紹介によると、「優秀な若手研究者を年俸制特定教員(准教授、助教)として採用し、最長5年間、自由な研究環境を与え自身の研究活動に没頭してもらうことにより、次世代を担う先見的な研究者を養成するもの」だという。

「白眉」とは、多くの中で最も優れている人や物を指すことばで、次の故事に由来すると言われる。

襄陽宜城に馬良(187年~222年)という人がおり、字を季常といった。兄弟五人とも優れた才能を持っていたことから、郷里では人々が諺にして、「馬氏の五常の中でも、白眉が最も優れている」と言った。(四男[一説には長男]の)馬良の眉の中に白毛があったことから、このように称したのである。(三国志・蜀書・馬良伝)(馬良兄弟は字に「常」が付くので、「五常」と呼ばれた。)

この故事で人々が口にした諺の原文が「馬氏五常、白眉最良」で、ここから最も優れている人や物を指すことばとして「白眉」が生まれたということである。

京大の「白眉センター」のHPにも、この故事に由来すると紹介されている。

蛇足ながら、馬良の弟が馬謖(ばしょく)である。三国時代の228年春、蜀の諸葛亮は第一次北伐に際し周囲の反対を押し切って、重用していた馬謖を先鋒に抜擢したが、馬謖が指示に従わなかったことから、魏軍に大敗を喫した。諸葛亮は敗戦の責任を問うて、涙ながらに馬謖の処刑を命じた。「泣いて馬謖を斬る」と呼ばれる故事である。

ここで日本語の例を1つ。

「伊豆諸島出来のクサヤの干もの、これは上方の食通には、嗅覚が堪えられないと敬遠されるものであるが、美味さにおいて干もの中の【白眉】であると言えよう。」(北大路魯山人・小ざかな干物の味)

ところで、京大の白眉プロジェクトで、応募者の選考に当たって学内外有識者を集めた選考委員会を「伯楽会議」と称している。これも、馬を鑑定するのに巧みであった「伯楽」の故事にちなんで命名したという。妙なり。

(瀬戸 2022/1/9執筆)

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